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気になる時事ニュース

フジテレビいらないでしょ

昨年末「NEWSポストセブン」や「週刊文春」によって報じられた中居正広の女性トラブルに関して、フジテレビがとってきた対応を見るといかにこの会社がダメなのかが見えてくる。 2024年12月27日フジテレビのホームページで、今回の件について、社員の関与はないというコメントを出す。報道されるないなや、すぐに関与否定のコメントをWEBに出すわけだが、この時点である程度の人なら「黒」だとわかってしまうのは言うまでもない。内部調査もせずに上記コメントをすぐに出すということは、「隠したい真実」があると通常はとってしまうのだ。普通ならこの時点で、現在内部で調査中につき、現時点ではコメントを控えさせていただくなどのものが出てくるはずではないだろうか。 また、この時点でこのニュースに触れる他のテレビメディアが1社もなかったことも付け加えておきたい。 2025年1月17日フジテレビ港浩一社長による記者会見前記事でも触れたが、フジテレビとして自らの記者会見ではなく、海外のスポンサーによる圧力のもと開催された記者会見。しかも自身が映像によるテレビメディアであるにも関わらず、日ごろから付き合いのある「ラジオ・テレビ記者会」「東京放送記者会」 所属の記者だけという制約に加え、開始10分のスチル撮影以外の映像などが一切認められなかった前代未聞の記者会見となった。またその内容の酷さに、次々とCM打ち切りの流れを作ることとなる。今回渦中の人物であるA氏と呼ばれる編成の人間もそうだが、この社長も女子アナウンサーおよび女子社員を使った「性的接待」や「上納接待」をやって成り上がってきたからこそ、その事実が表に出ることを避けるために、「すぐに社員の関与はない」と調べもせずにコメントを出したのもうなずけてくるのではないだろうか。社員を守るではなく、自分を守る、それにつきる。 2025年1月25日フジテレビ社員説明会次々とCMがacのものと差し変わり、海外株主からちゃんとした説明会を開くように圧力がかかる中、フジテレビでは、急遽社員に向けた説明会が東京お台場本社にて開かれた。嘉納修治会長と港浩一社長らが出席し、参加した社同局の員は1100人を越えた。「日枝久相談役を含めて経営陣は責任を取るべきだ!」というような幹部への辞任を求める声、「信頼の回復はできるのか?」「27日にちゃんと会見できるのか」などの声が飛び交った。この説明会で港浩一社長が放った「1月17日の会見は失敗だった」の一言が、事態を深刻に受け止めていないというフジテレビ経営陣の姿勢が表れているものである。「失敗・成功」とかでくくれると思っているのが実に情けない。長年に渡って「性的接待」や「上納接待」を当たり前のようにやってきて、「そんなのみんなやっているでしょ?」と言わんばかりのようだ。確かに芸能界において、無名の新人を売り込むための手法としてそのよなドロドロしたものはあるだろうとは思うが、大手テレビメディアが自社の社員を使ってというのは違うのではないだろうか。 1月27日には、二回目となる記者会見が開かれるようだが、長年に渡り局社員を使った「性的接待」や「上納接待」を当たり前のようにやってきてたという事実は隠し、経営陣の退陣というシナリオで逃げ切ろうと思っているのではないか。 例えば、過去山一證券、オオム真理教など、トップによる問題であり、そこに所属する社員や信者には何も問題は起こしていないかもしれないが、組織は解散に追い込まれるというのが主な流れであったように思う。 今、フジテレビ社員から出ている「左遷されるのが怖くて上層部に意見がいえなかった」とのコメントなども出ているが、同罪だと思う。自分たちはメディアとして散々、いじめ問題、内部告発、そして最近では特殊詐欺グループ、闇バイトなどのニュースなどを取り扱ってきておいて、クラスでいじめられている人がいても黙認していたり、脅しが怖くて老人から金銭を巻き上げている輩と対して変わらないと感じてしまう。そんな連中が「いじめ撲滅」「闇バイト、勇気を持って警察へ」とテレビを通して言われても、言葉に重みを全く感じないのではないだろうか。 無論、火の粉はいつ他の局に飛び移るかとオドオドしているところも多いと思う。ただ大事なのは昭和からの闇や膿をしっかり出して、今の時代に合わせ襟元を正すことではないだろうか。 2025年現在においてはすでに若者はテレビを視聴している時間より携帯でネットにアクセスしている時間の方が圧倒的に長く、今回の問題がなくても「テレビはオワコン」となるのは遠くない。そんな状況の中でフジテレビは、良い意味で「見せしめ」となるのがよいのではとも思う。 フジテレビがなくなったとしても、そこに携わってきた多くの優秀な人材は、テレビメディアに依存せずも、これからの時代のネットなどのメディアに新しいコンテンツ配信の形を真剣に取り組んでみるのがよいのではないだろうか。まさにピンチをチャンスに変えるとという発想だ。 また、これだけ世間を騒がしていることに対して、政治家などが個人的にも一切合財コメントを出さないということにも触れておきたい。本当、闇は深いね。よくインドの集団レイプのことを「ありえない」と報道できると思います。加害者がしっかり逮捕されて、民衆の前に曝け出されているだけ、日本よりましだと思うのはThe昭和だけですかね。

気になる時事ニュース

大丈夫かフジテレビ!

右へならえ!とばかりに、沈黙を貫いていたテレビ局各社であったが、フジテレビの大株主である米投資ファンドのダルトン・インベストメンツの「コーポレートガバナンス(企業統治)に重大な欠陥があることを露呈している」の一言により、ようやくフジテレビをはじめ、各テレビメディアが一斉に報道を開始した。ジャニーズ性被害問題の時と同じく、外国から言われないと何も動かないテレビメディア、特に報道の限界が再び露骨に現れた。 最近、テレビを中心に企業や世の中のガバナンス、コンプライアンス、多様化などをうったえるケースが多いが、どの口が言っているのかと思うユーザーも多くいるのではないだろうか。実際、2025年1月20日現在において、フジテレビの報道、情報番組は何をみても薄っぺらく感じてしまう。通常のお店であれば、とりあえず臨時休業といった対応をする状態ならば、フジテレビは現状においては放送休止にした方がよいレベルになっているのではないだろうか。 1月17日フジテレビの港浩一社長による記者会見が行われた。テレビ局による記者会見なのだが、テレビカメラの撮影はNG。写真撮影も冒頭約10分に限り、会見内容は記者会見が終了まで禁じた。まさに、テレビというメディアを自ら拒否した会見であった。素人がみても明らか様にわかる間抜けなこの会見に、WEBは炎上し、スポンサー各社が同局へのCM出稿を取りやめる状況になっている。 問題を起こした謝罪会見などをテレビ番組にて、危機管理アナリストなどを呼び、上から目線で分析したり、評価したりしているが、己の危機管理のなさ、会社としてのガバナンス・コンプライアンスの欠落が明るみになりつつある。 フジテレビで情報番組や報道番組に携わる人々は、一体どのような姿勢で現状のニュースを伝えているのだろうか。 以前にフジテレビでも情報番組で放送していた、ロシアの国営放送番組にて「NO WAR」というプラカードを掲げて生放送中に乱入したマリーナ・オフシャンニコワ氏を覚えている人は多いと思う。フジテレビでも彼女の勇気ある命懸けの行動を讃えていた。 マリーナのように、行動後に逮捕されたり、毒をもられたりといったことはないレベルではあるが、フジテレビ内部から勇気をもって、告発する人は現れるのだろうか。

連載小説ブログ「昭和56年」
小説「昭和56年」

第四回「トレンチコート」

東京だろうが札幌、福岡だろうが街を歩けば、その風景に溢れているのはダウンコート。圧倒的にダーク系色のダウンを着こなし、ダウン以外を目にすることはほぼ無くなっている。  日本のダウンの最初の流行りは、確か五十年くらい前じゃなかっただろうか。  今流行っているモンクレは昔も主流の一つだったが、学生がバイトを少し頑張って買える範囲だった。だから今ショップでモンクレの価格を見ると「何で?」となってしまうのが昭和オヤジの感覚。街中でモンクレのロングコートを着ているアラサー、アラフォーの女性陣を見ても「無理しちゃってるなあ」の感覚でしかない。  街がダウンで席巻されるのを見ると、天邪鬼な俺は無性にダウンから離れたくなる。先日もクローゼットの奥から取り出したのがトレンチコート。  このトレンチコートも今時のダウンのように、バブル時代は昭和世代にとって必須のアイテムになっていた。  リッチなオヤジ達は当然山陽のバーバリー。都内のデパートには必ず売り場があった。「ボーナス一括払いで買っちゃった」てなセリフを良く聞いたものだ。 スナックのクローゼットはバーバリー柄が占めちゃうから、間違って他人のを着て帰っちゃうのは笑い話の一つ。そして人と同じじゃ嫌だと言う連中は、さらにお金をかき集めアクアスキュータムのトレンチコートをチョイスする。  俺はさらに人と同じのが嫌いなので、ラルフローレンを買っていた。そのラルフのトレンチコートを久々に取り出し眺めてみる。  いい味してるなあとしみじみ思う。  トレンチコートは、ハードボイルド路線の定番。映画「カサブランカ」のハンフリーボガードのトレンチ姿はもう涙もの。  ネットでこんなのを観ると震えちゃうよな。 https://ring-store.jp/feature/real/171215_real_11.html?srsltid=AfmBOopDPw9X8ZP4wKLceRcsXU_FNygQLHwhFU3x3B1Y64Lh8_kOU7jv  あの頃は良かったなと思うのも、昭和世代の邂逅ね。  この冬、俺はトレンチを着るぞ!  防寒対策でインナーダウンは絶対着ない!と決めた俺だった。

昭和オヤジの記憶

受験戦争

1960年代。つまり団塊の世代時に「受験戦争」という言葉が使われるようになった。高学歴高収入、基本的にその考えは今の就職情報を見てもわかるように、高卒、専門学校卒、大卒で初任給が異なってくる。とはいえ、以前よりは学歴不問という仕事が増えているのも事実だ。 1960年代の団塊世代からベビーブーム世代まで、受験戦争かかなり加熱していた。学校での授業は三の次、進学塾での授業や宿題が最優先。代々木ゼミナールなど、全国区で知られる予備校なる存在が祭り上げられ、カリスマ講師的な存在もメディアで取り上げられる時代であった。見た目のインパクトもあった通称金ピカ先生こと佐藤忠志先生(享年68歳)は「全盛期には年収2億円を超えた」と語っていた。 そもそも塾の存在は、学校の授業についていけない生徒のためにスタートしたのだが、いつの日か受験のための存在へと変わっていた。これでは学校の教壇に立っている先生たちの価値が薄れてしまうのではと当時学生だった僕は思ったものであった。 夏季講座の中には、3〜1週間くらいの受験合宿的なものもあり、寝る時間、食べる時間も惜しみ受験勉強のために時間を費やしていた。正月も元旦から予備校に通うのは当たり前。とにかく今苦労して志望大学に入れば、バラ色の人生が待っている、そんな教えてあったように思う。実は僕の父親も国立大学、東京6大学以外は認めないという人であり、それ以外はクソだと言わんばかりの考えであった・笑。 今は高齢化問題が進み大きな社会問題となっているが、つまりその人口の多い世代が当時の受験戦争の世代なのだ。学年でいうと、10クラス前後は当たり前、各クラス40名前後の生徒がいた。しかしながら受け皿となる大学の絶対数が足りていない。そのため、現役では進学できない多くの浪人生という存在がクローズアップされるようになる。また、当時の法律の中で簡単に大学の数を増やせない状況に対し、比較的楽に認可のおりる専門学校が多く設立されるようになった。当時の考えの中では、専門学校は大学に行くことができなかった負け組の学生がいくところという世論の見方があったため、浪人をしてでも大学を目指すという学生は多かった。また専門学校の授業料は決して安くはなかったのも事実である。 また浪人という社会的に中途半端な人生の時間の中で、最初は来年の受験にとやる気に満ち溢れていても、勉強の間のアルバイト、精神的なプレッシャーや取り残されている感覚などにより、目標を見失ってしまう、社会に流されてしまうなどの浪人生も少なくなかった。 当時高校3年生の夏休みにおいては、今から受験勉強してももう手遅れ的な空気が学校にあふれており、12月くらいになると、ピリピリした空気に包まれるといった感じだった。無論、すでに推薦で大学が決まっている生徒たちは受験戦争には直接関係ないものの、共通一次試験(現大学入学共通テスト)や入試テストを目前にしている他の生徒たちを刺激しないように気を使わなくてはならない状況にあったことは言うまでもない。 そしてその状態は学校だけにとどまらず、家庭においても幼い兄弟などがいればテレビを見るのは禁止もしくはボリュームを小さくして観る、笑い声禁止、縁起の悪いもの除外などとにかく悲惨な状態である。(その後、韓国そして現在においては似たような状況が垣間見れている) それが、当時は当たり前であり、近所に受験生がいると皆大なり小なり気を使っていた時代である。 当然、その世代はこのサイトを見てるユーザーでもある訳で、あの時代から30〜45年くらい過ぎている。 そして今、問いたい。苦労してバラ色の人生を送ることができましたか?っと・・・。

昭和オヤジの記憶

スーパーカーブーム

昭和50年代。当時僕も小学生であったが、スーパーカーが空前のブームとなった。中でも代表的な車種として、ランボルギーニ・カウンタックLP400とフェラーリ512BB。その他にもポルシェ930ターボ、ロータス・ヨーロッパSP、ランチア・ストラトス、デトマソ・パンテーラなど、当時週刊少年ジャンプ連載されたマンガ「サーキットの狼」に登場する車は一際人気が高かった。 スーパーカーショー 当時、展示会場をはじめ、スーパーなどの駐車場を利用して開催されていたスーパーカーショー。ショーの規模は大小あるものの、ピカピカに磨き上げられたスーパーカーに目を輝かせたものです。特に目玉となるのはどこに行ってもカウンタック。大きな特徴として、まずその車高の低さ、そして上に上げて開く、シザーズドア。そして今となっては珍しくなくなった開閉式のフロントライト。ただでさえ混んでいる会場の中でも一際人気があり、カウンタックと一緒に写真を撮ってもらうのは本当に大変でした。またこのスーパーカーをカメラで撮影するということで、カメラで写真を初めて撮ったという小学生も多かったのではないでしょうか。スーパーカーショーに行った次の学校の日はもうその自慢話といった感じでしたね。 スーパーカーブームは、ポスター、カード、めんこ、コカコーラ瓶の王冠など様々な関連グッズが販売。中でもとびきりの人気があったのがスーパーカーのシェイプをかたどったスーパーカー消しゴム。学校の机にてBOXIのボールペンの後ろサイドで消しゴムを弾いて進ませるレースがかなり流行った記憶があります。ボールペンと消しゴムなので先生も没収することができなかったんですね。 またテレビ東京系列では山田隆夫の司会の「対決!スーパーカークイズ」なる番組もありました。エンジンをふかす音だけで「ランボルギーニ・ミウラ!」「ポルシェ930!」などスーパーカーを言い当てる小学生たちに大人は驚いていましたが、番組を見続けているうちに結構わかるようになりましたね。(どんだけスーパーカーにハマっていたんでしょう・苦笑) あの頃のようなブームはもう2度と起こらないのかもしれませんが、自分が購入できなくても街中でフェラーリやカウンタックを見ると胸の高まりを今でも感じます。また小学生高学年だった時に、ランボルギーニ社はイタリアでスーパーカーを作っている自動車メーカーというよりはトラクターなどの農業機械を作っている会社と聞かされてかなりショックになった自分を覚えてもいます・・・苦笑。

昭和オヤジの記憶

昭和のエロス ビニ本

やはり現代と昭和で比較したくなるのが「エロ」の世界。地上波でもおっぱいポロリが当たり前のように放送されていた時代です。それでも性器どころか、アンダーヘアーが露出しているだけで、御法度とという変な時代でもありました。無論ご存じのとおり今でも性器が露出している本、ビデオなどは風営法で御法度の対象ですが、インターネットで海外の業者により海外から配信されている動画の視聴はOKというから意味が全くわかりません。なぜに規制をかけないかも摩訶不思議です。まあ、日本中の警察官もお世話になっているからなんでしょうか・笑。 そんなインターネットもない昭和時代では男女の性器にモザイクや墨塗りなどの修正が入ったものが当たり前でした。モザイクには目を細めて見たり、墨塗りは光にあてて見たりと、なんとか見えるのではないかという無駄な努力をするわけですが、なんとなく見えてくるように感じるから不思議です・笑。(その労力をもっと別のことに使えばよいとわかっていても本能にはかないません) そんな中、無修正のエロ本というものも存在していました。裏本です。当然、公には御法度でしたが、池袋や新宿の歌舞伎町あたりのアダルトショップやエロ本屋にて当時こっそりと販売されていました。もちろん販売しているのは裏社会に関係している輩たち。店内の表だったところには置いておらず、警察にばれないように裏からこっそりと出してくる。そしてその一冊一冊は、ビニール袋に入っているという、そうこれが「ビニ本」という言われです。表紙は見れても購入するまで中身は見れない、それがビニ本なのだ。 世の中にアダルトビデオというものが主流となった時代には、AV女優なる「えーこんな綺麗な女子が!」と驚いたものですが、初期のビニ本時代はそんな綺麗に女性はほとんどいません。もう40歳くらいのおばさんがセーラー服を着て、「処女喪失」なんていうタイトルのビニ本の表紙を飾っていました。それでも無修正という誘惑に喜んでお金を払う男たち。 しかしながら、購入してから自宅にもどってビニール袋から本を取り出して中身を確認するまで、それが本当に無修正の裏本か単なるエロ本かわかりません。中には騙されて単なるエロ本にお金を費やした輩もいたと思います。無論、クレームにもどったところで「そんな違法なものを扱うわけないやろー!」とドスのきいた声で言われたらなすすべもありません。 そして中には、表紙には若い女の子がいやらしいポーズをとっており、中をあけてみるとM字開脚をしたおばさんモデルのオンパレードなんてこともありました。されど裏本、「ばばあ〜、ふざけんなよ!」と、文句をいいつつも本能にはかないません。しっかりと抜くところは抜いていたりしたものです。 昭和50年代からはビデオデッキやビデオカメラが浸透し、ビニ本から裏ビデオへと時代は流れていき、ビニ本マーケットは徐々に収束していくことになります。外部の印刷会社を使わずに手弁当で制作できるということも大きかったと思います。 モロ見えの裏物や今のネット上のエロ動画もいいですが、歳を重ねると見えそうで見えない、チラ見といった方が楽しいように思えてきたりもしますしね・・・・。