連載小説ブログ「昭和56年」

第五回「初任給」

 木造モルタルのマンションに意気消沈した俺に気づかない総務の先輩は、勤務先となる白石営業所に連れて行ってくれた。

 「北海道本部 札幌支店 白石営業所」というのが俺の勤務先の名称だ。営業テリトリーは、札幌周辺から恵庭市と千歳市と先輩が教えてくれた。 営業所は所長に所長代理に係長、そして俺の男性四人の職場。それに女性が二名だそうだ。

 損保業界は生保と違って直接保険を売るというより、販売代理店を通して販売する形だ。なので損保の営業マンのシゴトは販売代理店の管理・育成ということになる。そんなことも知らないで損保を選んだのかと、研修中に同期の連中に呆れられたこともあったっけ。

職場に初出社したのは午後の二時過ぎだった。

「来たか。イキの良い顔してるな」

俺の姿を見た瞬間、所長はにこやかな笑顔で迎えてくれた。

 噂通りのなかなかのナイスガイだった。六大学出身でヨット部のキャプテンだったというのは、研修期間中に先輩方から教えて貰っていた。この研修期間中は、赴任先の上司の情報がすさまじく飛び交っていた。「あの人ね……」と否定に近いコメントが出ると、途端に暗くなる同期も居た。

スーツ姿に胸のポケットチーフがなかなか決まっている。

 こんなセンスの人も居るんだと驚きだった。研修期間中、出会う先輩方はみんなネイビーのスーツばかり、シャツもそれなりでお洒落の「お」の字も無い。父親がデザイナーで中坊の頃から「メンズクラブ」(wikipedia参照)

が愛読書だった俺には、金融機関てこんなもんだろうと諦めていた。

https://www.nitesha.com/?pid=171233042

 そして所長から渡されたのは現金支給の初任給だった。中を見ると16万円くらい入っている。

 3月25日に研修所に入り、一か月の研修を終え、新任地に着任した今日は25日で給料日だった。

 そしてこの日の夕方は俺の歓迎会ということで、近所の居酒屋に行き、それからスナックのカラオケという必殺のサラリーマン宴会コースだ。

 当然俺は十八番の、「街が泣いていた」でスナック・デビューを飾ったのだ。

 歌っている途中、スナックのねーちゃんの手拍子が心地よくて、スナックって面白れぇなと思う俺だった。

 

「給料もらっていいんですか?」

 宴会の途中、所長にそう言うと思い切り笑われた。

 というのも俺は大学の学費しかり、洋服代・遊び代、全部バイトで賄っていたからだ。働いて金を貰うというのが浸み込んだ俺にとって何もしていないのにお金を貰うのが信じられなかったのだ。

「研修もシゴトのうちだ」と上司・先輩たちに笑われたのを覚えている。

 そして十曲くらい歌いまくり歓迎会はお開きとなって、宮の森の恐怖の社宅に戻った。

 四畳半一間。

 トイレ共同、風呂無し。擦り切れた畳の上には荷物の入った大きな段ボールが五個。

 四月の赴任だったから、暖房器具の用意すらない。部屋の中はしん、としている。

 畳に座り、俺は静面具を取り出した。銭湯に行くためだった。

住宅街にあるひなびた銭湯。時計は10時半だった。

な、なんと閉まっている。看板の横には営業時間が10時までと。

勘弁してくれよ。東京の銭湯は12時近くまでやってるぜ。

これじゃ神田川も出来ねえじゃねえか。

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