連載小説ブログ「昭和56年」

第七回「人は何に支配されるのか」

リハックの宮沢は酷かったなあ。

完全上から目線で、総理もくそも無かったな。

SNSの情報だと、この人のアイデンティティーは東大卒らしい。それ以外は眼中無し。

東大出て、キャリアの人生を送ることに価値観を見出し、それに支配されている。公務員は公僕というのは無いのだろう。

これに似ているのが医者だな。

基本的に医者は小さい頃から優秀と言われ続け、難関の医学部に合格し医師となる。医師となれば周りから「先生!」とちやほやされ続けるから、自然と背中は年と共にそっくり返ってくる。

俺の場合そういった類はパスだから、俺が付き合うドクター連中はみんな人間味が溢れるのばかり。

石の上にも三年が常套句で、昭和世代の社員たちの多くは、定年まで勤めあげることが暗黙の理解で、出世に走る連中が多かった。でも上場企業の社長になっても任期があり、株主というステークホルダーがいるので、所詮チーママなんだよな。

上場企業の役員に昇り詰めても、株式会社上場企業に身も心も支配されている。

出張の移動は常にビジネスクラス。次第に俺は偉いんだと勘違い度が増して来る。けれど役員満了となれば、自腹のエコノミー。この現実を知ることになる。

 結局あくせく働き、ちやほやされることの処遇に支配されるんだよな。

 俺が付き合い連中は、そこそこに仕事をし、週末は自身の趣味に没頭する。だから何者にも支配されていない。

 それでも支配者が居るとしたら、女房くらいか。

 政治家もそうなんだろうな。

 国民という主人公を忘れ、自身の選挙に通ることを目的としている連中がいかに多いことか。地位に支配されているからみっともないことありゃしない。

 ではお前は何に支配されているのか?と聞かれたら、

 面白いことをやりたい。これに尽きるな。

 閑話休題。

 次回はブログ小説に戻ろう。

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